新学期第1回全体ゼミ 4/7

先日、新学期第一回目の全体ゼミを行いました。


今回の全体ゼミでは、「学ぶとはどういうことか」ということについて、ゼミのみなさんで考えていくために、佐伯胖さんの『「学ぶ」ということの意味』という書籍を読み、話し合いを行いました。

文章の内容ごとに「どんなことが書いてあったのか」や、「この文章において大切だと思った内容」などについて、文章の中にある言葉をそのまま使うのではなく、自身の言葉で説明するということを意識しながら、話し合いが行われていました。

実際に全体ゼミに参加してみて、ゼミ生のみなさんの説明力や理解の早さに驚きを隠せませんでした。私も皆さんのように、文章を読んで自分の言葉にし、自身が感じたことや、学んだことをしっかり伝えつつ、わかりやすくまとめながら説明する力をもっと身につけていかなければならないと痛感しました。


また、みなさんとの話し合いを経て、清田先生がおっしゃっていた、「感覚器は、自分の内側にあるものではなく、外側にあるものを感じるためにある」ということをお聞きし、そのことを初めて認識し、はっとしました。目という器官一つを取り上げても、自分の体内を見るには他の人の力が必要であるし、自分の背中であっても、自分自身だけでは見ることはできません。感覚器を通して、自身の外側にある環境からたくさんのことを感じ取り、それを自身の中に取り入れ、再度外の世界に表現することを通してアウトプットを行います。それを見た他者が、なにかしらの反応を示すことで、自分自身が何を感じていたのかを、初めて認識することができる。そのような、他者とのかかわりを積み重ねていくことを通じて、人は学び、成長していくのだと再度理解することができました。


また、赤ちゃんが、能動との受動のどっちの感覚も持っているということ、つまり、自分で行動したことと、させられたことの区別がないということに驚きました。私が実際に、この感覚を急に持つようになり、生活をするということになったとしたら、二つの感覚が同時にくるようになるため、多少の気持ち悪さを感じようになるのではないかと少し思ってしまいました。この、能動と受動が同時に感じられる状況が、学習をする上で重要なのだということを知り、その状況と学習のつながりについて、もっと学んでいきたいと感じました。


これからも、全体ゼミで皆さんとの話し合いをしていく中で、自身の学びをもっと深めていけるように、頑張っていきたいと思います。


よぴ

岡山大学 清田哲男研究室

岡山大学で美術教育・創造性教育を研究している清田哲男研究室の学生・院生によるBLOGです。清田哲男教授のご指導の元、学部生7人、修士課程2人、博士課程3人、助教1人の計12人で、岡山大学を拠点に、教育の可能性を広げる研究・実践を行っています。子どもたちの豊かな未来を想い、日々活動しています。

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